ミラーNEW論(「鏡の法則」を解明??)

鏡 落書き

あなたは今、あなたが大切にしてきた”もの”を抱えています。

 

・パートナー

・家族

・時間

・お金

・事業

・技術

・家

・仕事

・夢

・幸せ

・人

 

・プライド

・固定概念

・欲望

・自尊心

・虚栄心

・過去

・社会的地位

 

・常識

・責任

・ルール

 

といった要素でしょうか。

 

自分が今、何を抱えているかを観察することで、自分が大切にしたきたものが分かります。

 

僕の場合、

・自由

・好奇心

・自立心

・プライド

・知識

 

大切にしたいと思っていることがあっても、本当に大切にしてきたものが違っていることも、多々あるので、定期的に自己対話しなくちゃいけませんね。

 

例えば、「パートナー」を大切にしたいと思っているはずの人が、

実は「パートナーと居る自分」を大切にしてしまっていたり、

「社会貢献」を大切にしたいと思っているはずの人が、

「自己犠牲」を大切にしてしまっていたり。

 

よく考えてみると、ほとんどの人がこういったジレンマを抱えています。

この例の場合、やがて残るのは「自分」や「自己犠牲」だけになってしまいます。

それも、実際に起こるまで気づけないから質が悪い。

下手すると、死ぬまで気づけないことも沢山あるでしょうね。

 

人は、何度も同じ失敗を繰り返します。

思考パターンはそうそう変わりません。

というより、変える必要性があることに気づけません。

 

「失って初めて気づく」とはよく聞かれますが、全くその通りで

もっと言えば「失わないと気づけないが、気づいても正すことは極めて困難」です。

 

人はあらゆる人生経験を通じて、本当に少しずつしか学べないので、

その点において、僕は輪廻転生論を支持してしまいます。

 

人生って難しいですねー。頑張りましょうね。

 

逆に言えば「成長したい」って思っても、そう上手くはいかないので、いっそのこと諦めちゃうっていうのも有効ですね。

「成長しなきゃ」って思って生きてると、実際の成長度とのギャップで苦しみますから。

「もがいたりあがいたりして上手くいった試しがない」というのが僕の人生経験における教訓。

それに気づいていながらも未だに、もがきたくなる時がありますけどね。

 

あと、「女性」が大切だって思ってましたが、「女性にモテる自分」を大切にしてしまっていました。

今記事のきっかけは、その気づきです。

・・・情けないったらありゃしません。

 

人は、なぜかその感性がとても敏感にできています。

例えば、

「怒る上司」自分に向いている人の言葉は耳に入りませんが、自分を思ってくれている叱責は胸に届きます。

「親の期待」親自身のために頑張ってほしいのか、心から子供の幸せを願っているのか。

 

いずれにしても、大抵は「お前の為を思って言っているんだぞ!」と言いますが、自分の為である事が多いのも事実。

部下も子供もそれに気づいているので、気にするだけ無駄だって思うでしょうけどね。

 

言っている本人は、本当にそう思い込んでいるので、殊更厄介な問題なんですねー。

指摘されると逆上しちゃうだろうし。

 

そうそう、人が人を救うことはできません。明言します。

その人の為にできるのは、”気づき”を与えることだけです。

きっかけを与えたとしても、気づくかどうかはその人に委ねるしかありません。

そもそも、救われるのはあくまでその人の問題であって、僕の問題ではありません。

 

人間のくせに、人を救いたいっていうのがおこがましいということに、まず気づく必要があります。

人を救う前に”その人を受け入れられていない自分”を救うべきですね。

これは、僕自身に言い聞かせたいです。懇々と。

 

「社会の役に立ちたい」

いや、その前に自分が自立しないと、社会の役にも立てないでしょ。

「人を大切にしたい」

いや、その前に自分を愛せないと、人を愛せないでしょ。

 

一体、何度この過ちを繰り返せば気が済むのでしょうか。おバカな僕は。

絶えず「自己対話」を精査しなくちゃいけません。

 

悪魔と天使の声は、全く同じです。その違いは意識の方向だけ。

その思いや愛が、人に向かっているのか、はたまた自分に向かっているのか。

 

おや。。。

そう考えると、自分に向かっているという想いほど、実は人に向かっているのかもしれません。

 

マザーテレサに聞いてみましょうか。

「あなたは人の為に尽くしているのですか?」

「いいえ、私は私がしたいことをさせてもらっているだけです。」

だそうです。

 

なるほど。

”人の為”が実は”自分の為”で

”自分の為”が実は”人の為”になっているんですねー。

 

「鏡の法則」ってそういうことか。。。

 

人は発光できません。

”神様”なるものが与えてくれる愛や光を、自分の鏡で拡散する。

そのためにも、自分をピカピカに磨いて綺麗にしておかなくちゃいけませんね。という着地点。

 

今日は、いい学びが得られました。ありがとう。

 

そう、このブログは僕の為に書いています。

さようなら。

Author: wayou

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