本当に”LUCKY”なのは「生」か「死」か。

映画「LUCKY」

「死」が目前にあると知った時に、人は何を思うでしょう。

 

今まで生きてきた人生に何の意味があったのか。

遊んだり、頑張ったり、喜んだり、悲しんだりした記憶は、何か意味があるのか。

 

そんな虚無感に苛まれる映画「LUCKY

 

人は、普段”死”という事実を認識しないようにできています。

ニュース等で見る”死”は、まるで他人事のようにしか思えません。

 

殺人事件などのニュースを見て、被害者に同情したり、加害者を批判したりするのは、少し滑稽に思えてしまうのは、僕がいけないのか。

 

自分を正当化したいだけなんじゃないか。

「被害者の”死”」と「加害者の”生”」は、どちらが幸福なのだろうか。

それが分からない限り、「殺人が悪である」という論証がありません。

かと思えば、大した感謝もなく、牛丼を頬張っているのは誰だい。

 

「死」は悪い事であり、「生」は素晴らしい事。

ホワイ??

そういった認識はある種の本能である、といって片付けることもできなくはないですが、

そこと向き合わない限り、虚無感から抜け出すことはできません。

 

いや、虚無感を抱いているということに気づくことすらできない。

 

なぜ、自殺はよくないことなのか。

 

周りの人が悲しむから??

じゃあ、周りの人が悲しまないようにするために生きろって??

 

地獄に落ちるから??

その人にとっては、この世が地獄だったから自ら死を選ぶんじゃないの??

 

って、イヤらしく突き詰めると、理由が見当たりません。

 

とはいえ、僕自身は自殺する可能性がほぼ0タイプの人間であり、

近くの人でそういった兆候を感じたら、できる限り止めようとするとは思います。

 

例えば、今にも飛び降りそうな人を見つけて止めた時。

「なんで止めるの?!」って言われたらどうしましょう。

仮に、その人が自分にとって大切な人だったとしても、生きて欲しいというのはこっち側の都合なわけです。

 

おーーっきくまとめると!!

トイレに行こうとする人を止めてるのと、そう変わりないのかもしれません。

 

飲みに行って、先に帰ろうとする人を引き留めた経験はありませんか??

あれは、飲み会あるあるともいえる光景ですが、なぜなんでしょう。

 

場がしらけるから??

場をしらけさせないために自分を抑制しろと??

 

もっと楽しいことがあるから??

帰った方が楽しいという判断から帰ろうとしてるんですけど??

 

みたいな。。。

 

当たり前の話ですが、”死”というものに向き合わないと、”生”の本質は見えてきません。

死後の世界は魂の世界で、うんぬんかんぬん・・・。

 

死後に待つはずの世界で天国へ行くために生きろと??

地獄に落ちるから悪いことをしちゃいけない??

 

結局、「あらゆる選択は自分の都合による」といえます。

この世は、エゴとエゴとのぶつかり合いでしかありません。

 

主張したもん勝ち。

権力万歳。

拝金主義。

 

先ほどの例でいうと、先に帰ろうとする人を引き留めるのは、自分にとって居てくれる方が都合がいいからです。

それが嫌いな人や苦手な人だったら、きっと喜ぶことでしょう。

これは退職者や友人関係にもいえますね。

 

自殺はこれに当てはまるのか、はさらに深い考察が必要なので、またの機会に。

 

引き留めるのは目に見えているので、何も言わずに去ることが多いのは仕方がない、というのは僕の自己弁護。。。

 

「色即是空 空即是色」

この意味を真に悟った時、ようやく本当の人生が始まるような気がしています。

 

とにかく、一度「LUCKY」を観てみてください!!

※リンクはアマゾンプライムビデオです。

Author: wayou

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